大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)40号 判決 1969年3月25日
原告 川上富秀
被告 西淀川税務署長 外一名
訴訟代理人 佐々木条吉 外五名
主文
原告の請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者双方の申立て)
一、原告
(一) 被告西淀川税務署長が、昭和三七年九月一三日付で、原告の昭和三六年の所得税について、その所得金額を金七七七、一八〇円、所得税額を金六一、七〇〇円としてなした更正処分、および過少申告加算税を金一、三五〇円としてなした賦課決定は、いずれもこれを取り消す。
(二) 被告大阪国税局長が、昭和三九年四月二一日付でなした、前項の処分に関する原告の審査請求を棄却する旨の裁決は、これを取り消す。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決。
二、被告ら
主文と同旨の判決。
(当事者双方の主張)
第一、原告の請求原因
一、原告は、肩書地において鉄工業を営んでいる者であるが原告の昭和三六年の所得税について、昭和三七年三月一五日、所得金額を金六〇九、五九六円、所得税額を金三四、三五〇円として確定申告をしたのに対し、被告西淀川税務署長(以下単に被告署長という。) より、同年九月一三日付、翌一四日通知の書面で、所得金額を金八九六、八九八円、所得税額を金八五、七〇〇円とする更正処分、および過少申告加算税を金二、五五〇円とする賦課決定を受けたので、同年一〇月一二日被告署長に対し、異議申立てをしたところ、被告署長より、同年一二月二六日付、同月二八日送達の書面で、所得金額を金七七七、一八〇円、所得税額を金六一、七〇〇円、過少申告加算税を金一、三五〇円とする決定を受け、更に、昭和三八年一月二六日、被告大阪国税局長(以下単に被告局長という。)に対し、審査請求をしたところ、昭和三九年四月二一日これを棄却する旨の裁決がなされ、翌二二日その旨裁決書謄本の送達を受けた。
二、(一) 所得税について、青色申告書の提出承認を受けている者が申告した青色申告書に係る年分の所得に関して更正処分をなした場合には、更正通知書にその理由を附記しなければならないのであるが、いわゆる白色申告書により確定申告をした者の所得について更正処分をした場合においても、何等の理由を附さず、一方的に恣意的にこれをしてよいというものではない。しかるに、被告署長は原告を納得せしめるに足る理由を明らかにしないまま本件更正処分をなしたのであつて、本件更正処分および過少申告加算税の賦課決定は、この点において違法である。
(二) 更に、本件更正処分および過少申告加算税の賦課決定は、被告署長が原告の昭和三六年の所得金額を、真実は金六〇九、五九六円であるにもかかわらず、金八九六、八九八円(異議申立てに対する決定によつて、金七七七、一八〇円に減額された。)と誤つて認定した結果なされたもので、違法である。
(三) よつて、本件更正処分および過少申告加算税の賦課決定は、手続上も、実体上も違法であるから、ここにその取消しを求める。
三、(一) 原告は、前叙のとおり、昭和三八年一月二六日被告局長に対し審査請求をしたが、同年八月および同年一二月の二回にわたり、審査の状況につき問い合わせたところ、いずれも未だ協議団内部での分担さえ決定されていないとの返答であつた。昭和三九年一月になつて、協議官竜元猛夫が原告方を訪れ、審査請求の理由について原告と問答をし、資料の提出方を求めたが、原告が資料は西淀川商工会事務局に預けてある旨返答すると、同協議官は資料を調査することなく帰庁した。ついで原告は、同年二月右協議官より同月二四日資料を持参の上、大阪国税局へ出頭するよう通知を受けたが、右日時は昭和三八年の申告期直前に当たり多忙なので、出頭期日を変更してもらいたい旨架電して、右協議官の了承を得た。その後同年三月下旬右協議官より電話で、原告方を訪れる旨連絡があつたが、訪れることもないまま、被告局長は同年四月二一日付で裁決をなしたのである。
右事実から明らかなことは、被告局長は原告の審査請求に対し何ら実質的な審査をしなかつたということであり、協議官による調査も審査請求後一カ年を経過してからなされ、しかも原告より審査請求の理由につき釈明を求めただけであつたということである。
(二) 審査手続においては、原処分時における資料に基づいて、原処分が正当であるか否かの判断をなすべきである。原告の確定申告に対し、被告署長は必要経費が過大であることを理由に本件更正処分をした。本件訴訟において被告らが本件更正処分の正当性を立証するために提出している証拠は、いずれも本件訴訟が提起された後において収集されたものであることが明らかであり、しかもこれらは、必要経費が過大であることを立証するための証拠ではない。このような事実に照らせば、本件審査手続においては、必要経費が過大であるかどうかについては、何らの審査がなされなかつたといわねばならない。また被告らの本件訴訟における訴訟追行の態度からみれば、本件審査手続において争点の整理ないし確定も行なわれていなかつたことが明らかである。
(三) 以上の点は本件裁決における固有の違法事由であるから、ここにその取消しを求める。
第二、被告らの答弁および主張
一、請求原因一の事実はすべて認める。
二、(一) 同(一)(二)についてはすべて争う。
(二) いわゆる白色申告書により確定申告をした者の所得について更正処分をなした場合においては、青色申告書の提出承認を受けた者の所得について更正処分をなした場合のように、更正通知書にその理由を附記しなければならないものではない。
(三)(1) 原告は、肩書地において「川上精機製作所」および「太洋製作所」という商号で、雇人約五名を使用して、鉄工(切削)業を営んでいるものである。
(2) 原告は、昭和三六年の所得金額を算定する資料となるべき金銭出納帳、売上帳等の諸帳簿を備え付けておらず、その上被告署長の当初の調査の際に、売上、仕入、経費に関する計算書を提示した以外は、同被告のその後の調査および再調査、ならびに大阪国税局協議官の調査を通じて、原始記録等の資料を提示せず、被告らの調査に協力しなかつた。更に、原告の右計算書に記載された売上金額には多くの脱漏がある上、同計算書には、修繕費や消耗品等のいわゆる標準経費についてさえ記載されていなかつたので、これに基づいて原告の所得金額を正確に算定することは到底不可能であつた。そこで、被告らはやむを得ず、原告の取引銀行や取引先等について調査を行ない。収入金額等を把握した上、これらに大阪国税局作成の所得標準率を乗じて原告の所得金額を推計したのである。
(3) 被告らの計算の詳細は、つぎのとおりである。
(ア) 収入金額
原告が被告署長の当初の調査の際に提示した前記原告の計算書によると、原告の得意先として、株式会社北川機械製作所、阪神空機製作所、および大阪機器工業が掲記され、原告の昭和三六年の収入金額は合計金二、二七六、八五五円と記載されていた。しかし被告らが調査したところによると、原告はこの外に、「新生工業所」という架空名義を使用して、株式会社北川機械製作所および阪神空機製作所と取引をし、これによつて収入を挙げており、更に取引先不明の収入金額がある事実も判明した。そこで、それぞれの収入金額を加算すると、原告の昭和三六年の収入金額は合計金二、九二七、〇三〇円となり、これらを一覧表にして示すと別表(一)の(A)欄記載のとおりになる。
ところで、原告の右収入金額は、原告が自己の材料を使用して得意先から注文のあつた製品を製造する製造収入と、得意先から材料の支給を受けて加工だけを行なういわゆるサービス収入とに大別される。しかし原告の場合、この両者を取引毎に個別的に区分することは極めて困難であつたので、被告らは、つぎのような方法により、原告の収入金額を製造収入とサービス収入とに区分した。
まず製造収入であるが、原告が製造収入を得るためには、自己の材料を必要とするところ、原告の前記計算書によると、原告が昭和三六年中に仕入れた原材料の仕入金額は合計金四二八、四四一円であり、被告らの調査によれば、原告の営業の業況は、昭和三六年の期首期末とも大きな変化はなく、その棚卸高にも大差がないと認められたので、原告の昭和三六年の原材料費は、右原材料仕入額と同額の金四二八、四四一円ということになり、更に、原告の営業状況は、他の一般の鉄工(切削)業者のそれと異なる特段の事情も認められないので、被告らは、大阪国税局作成の、昭和三六年分商工庶業等所得標準率表(以下単に所得標準率表という。)に示されている鉄工(切削)業の製造の場合の原材料費率三八・七パーセントを用い、右原材料費金四二八、四四一円から逆算して、原告の昭和三六年の製造収入を金一、一〇七、〇八二円と算定した。
原材料費 原材料費率 製造収入
428,441円÷38.7% = 1,107,082円
つぎに、サービス収入については、原告の収入金額二、九二七、〇三〇円より右製造収入金額一、一〇七、〇八二円を控除することによつて算出されることが明らかであり、これによれば、原告の昭和三六年のサービス収入は金一、八一九、九四八円と算定される。
収入金額 製造収入 サービス収入
2,927,030円-1,107,082円 = 1,819,948円
(イ) 収入金額より原価および通常の経費を控除した金額収入金額より控除すべき必要経費のうち、修繕費、消耗品費、交際費、福利厚生費、および雑費等のいわゆる標準経費の大半が原告の前記計算書に記載されていないこと、および原告の営業状況が他の同業者のそれと異なる特段の事情も認められないことは、前叙のとおりであるので、被告らは、前記所得標準率表の鉄工(切削)業の製造およびサービスの各所得率を適用して、つぎのように原告の算出所得金額(標準外経費控除前における所得金額)を算定した。
前記製造収入金一、一〇七、〇八二円に、右所得標準率表の鉄工(切削)業における製造の場合の所得率(収入金額より原価および通常の経費を控除した額の、収入金額に対する割合)四九パーセントを乗じて算出すると、その金額(製造分)は金五四二、四七〇円となる。
製造収入 所得率
1,107,082円×49% = 542,470円
ついで、前記サーピス収入金一、八一九、九四八円に、右所得標準率表の鉄工(切削)業におけるサービスの場合の所得率(収入金額から通常の経費を控除した額の、収入金額に対する割合)七七パーセントを乗じて算出すると、その金額(サービス分)は金一、四〇一、三五九円となる。
サービス収入 所得率
1,819,948円×77% = 1,401,359円
したがつて、収入金額より原価および通常の経費を控除した金額は、右二つの金額を合計した金一、九四三、八二九円となる。
製造分 サービス分
542,470円+401,359円 = 1,943,829円
(ウ) 標準外経費
各営業者の個別的実状に応じて更に控除すべきものとされてい
る標準外の経費は、別表(二)に記載したとおり、金五五五、七六一円である。
(エ) 所得金額
前記(イ)の金一、九四三、八二九円より(ウ)の標準外経費金五五五、七六一円を控除すると、原告の昭和三六年の所得金額は金一、三八八、〇六八円となる。
以上のとおりであるから、右所得金額の範囲内でなされた本件更正処分には、何ら違法はない。
(オ) 原告の所得額を算定するについては、つぎのような方法もある。
即ち、原告は、前記計算書において、所得率は七〇パーセントであると主張して、これにより自己の所得金額を推計している。そこで、この所得率を採用して所得金額を算出することとし、前記原告の昭和三六年における収入金額の合計金二、九二七、〇三〇円に右所得率七〇パーセントを乗じると、金二、〇四八、九二一円となり、これより原材料費金四二八、四四一円および標準外経費金五五五、七六一円を控除すると、所得金額は金一、〇六四、七一九円と算出される。
収入金額 所得率
2,927,030円×70% = 2,048,921円
原材料費 標準外経費 所得金額
2,048,921円-(428,441円+555,761円)= 1,064,719円
したがつて、この算定方法によつても、原告の所得金額は本件更正処分における認定所得金額を上まわることになるから、右所得金額の範囲内でなされた本件更正処分には、何ら違法な点がない。
(4) 被告らは、原告の昭和三六年の所得金額の算定方法については、前記(ア)乃至(エ)において述べた方法と、右(オ)において述べた方法とを、選択的に主張するものである。
三、(一) 同三(一)(二)の主張は、すべて争う。
(二) 行政不服審査法によれば、審査請求に対する審理手続については、職権審理主義がとられており、かつ請求人より意見の陳述の申出があつた場合の規定(同法二五条一項但書)がある外は、審理の方法、範囲等について手続的規制は何らなされていないので、結局この点は審査庁の裁量に委ねられているものと解せられる。
被告局長のなした本件審理手続においては、担当協議官が原告の意見を聴収したのみならず、再三にわたり、証拠書類等の提出を求めたのであるが、その提出がなかつたため、やむなく原告から新たな証拠の提出がなされることは期待できないものと判断し、自ら収集した資料に基づいて検討審理したのであつて、本件審査手続には、何ら違法はない。
第三被告らの主張に対する原告の応答および反対主張
一、(一) 被告らは、第二の二(三)(3) (ア)乃至(エ)および(オ)において、原告の昭和三六年の所得金額を金一、三八八、〇六八円または金一、〇六四、七一九円と主張するが、右各主張は、いずれも新たな課税根拠を主張するものであつて、許されない。
原告は、昭和三六年の所得金額を金六〇九、五九六円と算出して確定申告をしたのであるが、これに対し被告署長は、前叙のとおり、必要経費が過大であることを理由に、所得金額を金八九六、八九八円と認定して本件更正処分をしたのであり(原告の異議申立てに対し、被告署長は所得金額を金七七七、一八〇円に減額した。)更に被告局長は、原告の審査請求に対し、収入金額必要経費を審査したところ原処分は相当であるとして、これを棄却する旨の裁決をしたのである。そうだとすれば、本件更正処分がなされた当時における争点は、必要経費が過大であるかどうかという点にあつたというべきである。被告らは本件訴訟において、原告の所得計算のうちのどの必要経費が過大であるかを主張立証すべきであつて、それ以外の理由を主張立証して本件更正処分の正当性を根拠づけることは許されない。もしこれと反対に解するとすれば、税務行政手続の安定公正を害するばかりか、異議申立て、審査請求制度の立法趣旨からみて、納税者に不意打ちを与えることになり、納税者の地位を甚だしく不安定にするからである。これを要するに、被告らの右各主張は、新たな課税根拠の主張であるから、その主張自体許されない。
(二) なお被告らは、原告の所得金額に関する右各主張を理由づけるため、本件更正処分がなされた後に収集された資料を、証拠として提出しているが、本件訴訟においては、本件更正処分がなされた当時における課税庁側の資料に基づいて右処分が正当であるかどうかについての判断がなされるべきであるから、右のような資料によつて、被告らの右各主張を根拠づけることも許されない。
二、(一)(1) 被告らの主張二(三)(1) のうち、原告の業種が切削業であるとの事実は否認するが、その余の事実はすべて認める。原告は広く鉄工業といわれるもののうち、いわゆるひき物業を営んでいるものである。
(2) 同二(三)(2) について 原告が金銭出納帳、売上帳等の諸帳簿を備え付けていなかつたこと、および被告らが主張する原告の計算書に標準経費が記載されていなかつたことは認める。しかし原告は、昭和三六年の所得金額を算定するに当たり、右諸帳簿にかわる請求書等の資料に基づいて正確にこれを算定して申告したのであり、被告署長の調査に対しても、右請求書等を呈示するとともに計算の基礎を明らかにして、つとめて調査に協力してきたつもりである。
(3) 同二(三)(3) について
(ア) 収入金額についての主張のうち、原告が被告主張の計算書において収入金額を合計金二、二七六、八五五円と記載していたこと、および原材料費が金四二八、四四一円であることは認めるが、その余の事実は争う。「新生工業所」というのは、原告が使用した名称ではなく、斎藤宝男が使用して取引していたもので、右名称にかかる取引は原告の関知しないところである。そして、原告は右収入金額のうち、製造収入は金一、一五五、〇二五円、サービス収入は金一、一二一、八三〇円であると主張する。それ故被告らが原告の所得金額を算出するに際しては、収入金額の右区分を計算の基礎とすべきである。
(イ) 収入金額から原価および通常の経費を控除した金額についての主張のうち、原告の右計算書に標準経費が記載されていなかつたことは認めるが、その余の事実は争う。原告の業種は、鉄工業であつてもひき物業といわれるものに該当するから、被告らが原告の所得金額を計算するに当たり所得標準率表を適用する場合には、ひき物業の製造およびサービスの各所得率を適応すべきである。
(ウ) 標準外経費についての主張は、すべて認める。
(エ) 所得金額についての主張は争う。
(オ)の主張のうち、所得率が七〇パーセントであることおよび原材料費および標準経費が被告主張のとおりの金額であることは認めるが、その余の事実は争う。
(二) 原告の算定方法によつて、原告の昭和三六年の所得金額を算出すればつぎのとおりである。
原告の昭和三六年における収入金額の合計金二、二七六、八五五円に、原告と同業種の所得率七〇パーセントを乗じると、金一、五九三、七九八円となり、これより原材料費金四二八、四四一円、および標準外経費金五五五、七六一円を控除すると、所得金額は金六〇九、五九六円と算出される。
収入金額 所得率
2,276,855円×70% = 1,593,798円
原材料費 標準外経費 所得金額
1,593,798円-(428,441円+555,761円)= 609,596円
第四、原告の反対主張に対する被告らの反論
一、原告の反対主張一(一)(二)は、すべて争う。
二、そもそも課税処分は、客観的抽象的にはすでに成立している租税債務を確認し、それを具体的に確定させるための一つの方法にすぎない。しかもこれまでの税法を検討してみても、課税処分を行なうについて、青色申告書の提出承認を受けた者の所得を更正する場合における帳簿書類の調査および更正理由の附記などの外には、課税庁が課税標準等を認定するに際して、一定の手続をとるべき旨の手続的規制は設けられていない。このことは、青色申告書の提出承認を受けた者に対する更正以外の場合の更正処分において、その課税標準等または税額等の認定について違法性の有無を判断するに当つては、もつぱらそれが現実に存在した筈の課税標準等または正当な税額等を超えているかどうかによつて決定されるのであつて、現実に存在した筈の課税標準等または正当な税額等についての課税庁の認定を理由あらしめるための主張は、単なる攻撃防禦方法にすぎないものとして理解すべきであることを明らかにしている。そして課税庁は、自己のなした課税処分がその内容(実体)において適法であると主張するためには、その認定、計算した課税標準等または税額等が、現実に存在した筈の課税標準等または正当な税額を超えていないことを主張立証すれば足りるのであり、しかもそれが時機に遅れた攻撃防禦方法として排斥されない限り、このような主張を追加変更することも許されるというべきである。
そうだとすれば、被告らが、必要経費が過大であるとの事実以外のことを主張しても、それは本件更正処分の対象となつた課税標準等または税額等の認定、計算を理由あらしめる事実を追加したにすぎないから、当然許されてしかるべきである。
(証拠関係)<省略>
理由
一、原告の請求原因一の事実は、すべて当事者間に争いがない。
二、原告の被告署長に対する請求について
(一) 原告は、被告署長は原告を納得せしめるに足る理由を明らかにしないで本件更正処分をしたから、本件更正処分および過少申告加算税の賦課決定は手続上違法である旨主張する。
しかしながら、青色申告書の提出承認を受けている者が申告した青色申告書に係る年分の所得について政府が更正処分をなした場合には、更正通知書にその理由を附記しなければならないことが、所得税法上要求されているけれども、これは、青色申告書の提出承認を受けている者に対し、帳簿書類を備え付けてこれに所得金額に係る取引を記録し、かつその帳簿書類を保存し、更に、青色申告書に貸借対照表、損益計算書、その他所得金額または純損失の金額の計算に関する明細書を添付させるという厳格な義務を課している代償として、特に法律によつて与えられているところの租税優遇措置の一つであるから、右のような義務が何ら課せられていないいわゆる白色申告の場合にまで、しかも法律によつては理由附記が要求されていないにもかかわらず、その所得について更正処分をなした際に、更正通知書に更正の理由を附記しなければならないとすることはできない。
したがつて、原告の右主張は失当であるから、これを採用することができない。
(二) そこで、原告の所得金額について検討することとする。
(1) まず、原告の収入金額について考察を加える。
原告が、「川上精機製作所」および「太洋製作所」という商号で営業していたことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>を総合すれば、つぎのような事実を認めることができる。
(ア) 昭和三六年において、原告は、株式会社北川機械製作所との間で、川上精機製作所という名義を使用して取引することにより金四一〇、六五五円、太洋製作所という名義を使用して取引することにより金二四五、八九五円の収入金額を得、また、阪神空機製作所との間で、川上精機製作所という名義を使用して(昭和三六年五月二〇日頃までは太洋製作所という名義を使用していた。)取引することにより、金一、六四〇、七九五円の収入金額を得、更に、大阪機器工業と取引することにより、金九、四〇〇円の収入金額を得た。
(イ) 原告は新生工業所という架空名義を使用して、株式会社北川機械製作所および阪神空機製作所と取引をしていた。このことは、<証拠省略>の外に、つぎのような間接事実から推認することができる。
即ち、原告は株式会社北川機械製作所に対し、川上精機製作所および太洋製作所名義のものの外に、新生工業所名義の納品書を添えて製品を納入していた。株式会社北川機械製作所が新生工業所との取引において支払いのため振出した。支払人を住友銀行十三支店とする小切手のうち、昭和三六年一月三一日振出に係る小切手(額面金四〇、〇〇〇円、小切手番号二四一二)、同年五月一〇日振出に係る小切手(額面金六六、四一〇円、小切手番号七三〇)、および同年八月一〇日振出に係る小切手(額面金二二、五一〇円、小切手番号六七七九)は、いずれも振出日と同じ日に、大和銀行歌島橋支店に設けられた原告名義の普通預金口座に、右各小切手のまま振り込まれ、また同年一〇月二〇日振出に係る小切手(額面金四四、四四〇円、小切手番号二一三)は、原告を被裏書人とする裏書がなされた後、住友銀行歌島橋支店に振り込まれており、更にまた、同年一一月八日振出に係る小切手(額面金四五、〇〇〇円、小切手番号九七三一)は、佐伯高雄を被裏書人とする裏書がなされた後、同月九日第一銀行西淀川支店に設けられている佐伯高雄名義の普通預金口座に、右小切手のまま振り込まれた。つぎに、阪神空機製作所が新生工業所との取引において支払いのため振り出した支払人を第一銀行西淀川支店とする小切手のうち、同年六月一〇日振出に係る小切手(額面金二二、〇〇〇円、小切手番号九四九一)、同年七月一〇日振出に係る小切手(額面金一九、四〇〇円、小切手番号九九四七)、および同年九月一一日振出に係る小切手(額面金三三、二〇〇円、小切手番号七三〇九)は、いずれも振出日と同じ日に、前同様大和銀行歌島橋支店の原告の普通預金口座に、右各小切手のまま振り込まれ、また同年一一月一〇日振出に係る小切手(額面金一八、三五〇円、小切手番号六七一八)は、佐伯重雄を被裏書人とする裏書がなされた後、現金扱いで同月一一日に、更にまた、同年一二月一二日付振出に係る小切手(額面金六二、〇〇〇円、小切手番号六九二八)は、右同様佐伯重雄を被裏書人とする裏書がなされた後、現金で同月一一日に、いずれも第一銀行西淀川支店の佐伯高雄の右普通預金口座に振り込まれた。しかも、佐伯高雄という人物が右の普通預金口座を開設するに当たり届出た住所地である大阪市東淀川区加島町一〇〇五番地には、佐伯高雄または佐伯重雄の住民登録がなされていなかつた。
そして、原告が新生工業所という名義を使用して取引したことにより得た収入金額は、株式会社北川機械製作所との関係で金二九九、五八五円であり、阪神空機製作所との関係で金二七〇、五八〇円であつた。
(ウ) 原告の前示大和銀行歌島橋支店における普通預金口座には、昭和三六年九月一五日塚本総業株式会社振出に係る小切手により金五〇、〇〇〇円が入金されているが、右金員は株式会社北川機械製作所、阪神空機製作所、または大阪機器工業との間の取引に関する決済であるとは認められないので、原告が右三者以外の者との間の取引により得た収入金額であると推認される。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する<証拠省略>ならびに、新生工業所という名義を使用して取引していたのは斎藤宝男であつて原告ではない旨の原告本人尋問の結果は、前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(2) 以上において認定した原告の昭和三六年における収入金額を一覧表にして示すと、別表(一)の(B)欄記載のとおりとなり、その合計額は金二、九二六、九一〇円となる。
(3) つぎに、被告らは、原告の昭和三六年の所得金額については、収入金額を基礎として一部推計を交えて算出したと主張するので、推計計算をすることの適否について考えてみる。
原告が昭和三六年の所得金額を算定する資料となるべき金銭出納帳、売上帳等の諸帳簿を備え付けていなかつたこと、および原告が被告署長に提出した、売上、仕入、経費に関する計算書には、修繕費や消耗品費のいわゆる標準経費が記載されていなかつたことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>を総合すると、つぎのような事実を認めることができる。
原告は昭和三六年当時右のような諸帳簿を備え付けていなかつたばかりでなく、伝票類の保存も不完全であつたが、なお保存されていた請求書等を基にして昭和三六年の所得税について確定申告をした。原告の前示計算書、および原告の被告署長に対する異議申立書に添附された計算書によれば、原告自身も、収入金額より通常の経費を控除した金額は収入金額総計の七〇パーセントであると推計計算していた。原告は、異議申立てをした後に、被告署長に対し、資料として昭和三六年度売上高明細表と題する書面<証拠省略>を提出したが、これを裏付ける原始記録等は提出しておらず、また右書面の外には、被告署長および被告局長の調査に対し、全く資料を提出しなかつた。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
右において認定した事実によれば、原告は昭和三六年当時、金銭出納帳、売上帳等の諸帳簿を備え付けていない上に、原始記録の保存も完全にしていなかつたのであり、標準経費の明細も不明であるというのであるから、被告らが反面調査等により、原告の収入金額等を正確に確定してみても、なおこれらの資料によつては、原告の所得金額の実額を正確に確定することは不可能であるといわなければならない。したがつて、原告の所得金額を算出するについて、一部推計を交えることもやむを得ないこととして許容されるものと解せられる。
(4) そして、修繕費や消耗品費等のいわゆる標準経費がいかほどであつたかについては、前示のとおり明らかでないので、収入金額より右標準経費を差し引いた金額を算定するに当つては、推計により算出する外ないのであるが被告らは、その主張第二の二(三)(3) (オ)において、収入金額より標準経費を差し引いた金額は収入金額に所得率七〇パーセントを乗じることにより、算定される旨主張するところ、原告も右所得率が七〇パーセントであることは自認するので、前示収入金額の合計額二、九二六、九一〇円に七〇パーセントを乗じると、収入金額より標準経費を差し引いた金額が金二、〇四八、八三七円であると算定される。
収入金額 所得率
2,926,910円×70% = 2,048,837円
つぎに、この金額より、当事者間に争いのない原材料費金四二八、四四一円、および標準外経費金五五五、七六一円を控除すると、原告の昭和三六年の所得金額は金一、〇六四、六三五円と算出される。
原材料費 標準外経費 所得金額
2,048,837円-(428,441円+555,761円)= 1,064,635円
(三) 原告は、被告らが本件において主張する原告の所得金額は新たな課税根拠に基づくものであるから、主張自体許されないと主張するので、判断することとする。
しかしながら、青色申告書の提出承認を受けている者が申告した青色申告書に係る年分の所得について、政府が更正処分をなす場合のように、更正の手続および方法等が制限されている場合は別論であるけれども、本件のように、このような規制のないいわゆる白色申告書により確定申告をした者の所得についての更正処分が実体上適法であるかどうかの判定は、結局のところ当該更正処分が客観的に存在した課税標準等または正当な税額等の範囲内でなされたか否かにより決定されるべき事柄である。そうすると、本件においては、ここでいう客観的に存在した課税標準または正当な税額等が審理の対象となつていたわけであるから、これを理由あらしめる主張は、一般民事訴訟の理論によつて、単なる攻撃防禦方法ということにより、時機に遅れたものとして排斤されない限り、口頭弁論の終結に至るまで随時提出することを妨げられるものではない。そしてこのように解しても、原告に対しては被告らの新たな主張について十分防禦しうる機会が与えられるわけであるから、決して不意打ちを与えることにはならない。したがつて、仮に本件更正処分が必要経費が過大であることを理由としてなされたものであるとしても、これと異なる被告らの本件における主張も、攻撃防禦方法として許容されるものであるから、原告の右主張は失当であつて、これを採用することができない。
また原告は、本件更正処分が正当であるかどうかは、右処分における課税庁側の資料に基づいて判断されるべきであるから、右処分後において収集された資料を本件の証拠として提出することは許されないと主張する。しかしながら、右において判示したように、本件更正処分を理由づける新たな主張も原則として許容されるものである以上、この主張を根拠づける証拠も右処分当時の資料に限定する必要はない。仮に原告が主張するような証拠制限を設けるとすれば、右処分後に収集されたもののみならず、右処分当時に存在したが課税庁側に判明していなかつた原告に有利な証拠資料も本件において提出できないこととなり、不都合な結果が生じることとなる。それ故、原告の右主張も失当であつて、採用できない。
(四) そうすると、被告署長が原告の昭和三六年の所得税についてなした本件更正処分は、原告の所得金額を、前示所得金額一、〇六四、六三五円の範囲内である金七七七、一八〇円と認定してなされたものであるから、本件更正処分および過少申告加算税の賦課決定は、いずれも正当であるといわなければならない。
三、原告の被告局長に対する請求について
原告は、本件審査手続において争点の整理ないし確定が行なわれず、また何ら実質的な審査がなされなかつたから、本件裁決は違法である旨主張する。
しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告が被告局長に対し審査請求をした四、五カ月後より本件裁決の直前までの間、協議団本部の担当係官が、原告の審査請求事件について、原告に対し審査請求の理由を問い質す等の調査ないし審理をしていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして右の程度の調査ないし審理をもつてしても、それが国税通則法または行政不服審査法に違反するものとは認め難いから、本件審査手続が違法であるということはできない。
したがつて、本件裁決が違法であるとする原告の右主張は採用できない。
四、結論
以上の次第で、原告の本訴請求はすべて理由がなく失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石橋甚八 喜多村治雄 南三郎)